三日月ヘンリーの奇妙な事件簿
〜ホー・チ・ミン市のミラーボール篇〜

 登場人物
  三日月ヘンリー……奇妙な探偵。好色。
  津島少年……ヘンリーの助手となる。アプレゲール。
  夕張めろん子……ヘンリーの秘書。常時半笑い。
  
  ホン・ターオ(シェイラ)……事件の被害者。ベトナム人。
  ボストンメガネの男……犯人に関わる人物。白痴。
  オキュロ・ゲンスブール……事件の犯人。人間ではない。
  
  



 昭和一〇八年。
 東京・インターゾーン歌舞伎町。

 津島少年が、ゴミ捨て場の電柱に貼られたその広告を見つけたとき、時刻は深夜十一時を半ば回っていた。

 助手募集……時給・休日・要相談 来歴・経験不問
 三日月ヘンリー探偵事務所 TEL 606-4622-XXXX….

「探偵……?」


 ゴミ捨て場の電柱は、ちょっとした広告塔のように、べたべたと貼り紙で埋め尽くされていた。カラフルな、金融ローンや風俗の広告にサンドイッチされたその「探偵の助手募集」の広告の質素さは目をひいた。それは津島少年が数秒前に吐いた足元の吐瀉物の中で、唯一きれいに原型をとどめているナルトにも同じことが言える。混沌のさなかでそれだけが目を引いた。あとはジャイアントコーン二十粒とアルコール類がぐちゃぐちゃに絡み合い、判別を拒否していた。

 彼はつまらぬいさかいから出前専門の中華料理屋をくびになった。、退職金がわりの店長の平手打ちを受け取ったのは夕刻だったが、腫れるような痛みはいまだ残っている。

 店を出ていくついでに、業務用ミックスナッツ一袋と高梁酒と燕京ビールを一本ずつ盗んで行き、雑居ビルの外付け非常階段でやけ酒を煽った。だが彼はアルコール類を全く受け付けなかった。歓楽街に住んでいながら下戸であることを、彼は恥じていた。燕京ビール二本、高梁酒を半分ほど空けた頃、胃袋がねじれるような感覚に襲われた。ミックスナッツの中からそれだけをより抜いて食べたジャイアントコーンのかけらが、囲壁に絡みつくように発芽したかのごとき胸やけである。

 とにかく彼は(アルバイトではあるが)手に職を失い、飲めないやけ酒をあおり、それを吐き戻していると、「探偵の助手募集」の広告を見つけたのだ。

 津島少年は口をぬぐい、その場を立ち去った。ポケットをまさぐり、小銭を取り出して、自販機で麦茶を買った。冷えたペットボトルを、頬に当てる。ひんやりとした感触が奥歯に疼く痛みをやわらげた。安アパートの自宅への帰路において、「探偵の助手か……」とぼんやり思案した。

 翌日、彼は「三日月ヘンリー探偵事務所」へと足を向ける……。